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川上弘美『森へ行きましょう』 [読書記録・日記]

今週は風邪をひいて、ディスプレイを見ると目が痛くて辛かったので本を読んでいた。
小説も一つ読んで、川上弘美の新作の『森へ行きましょう』を読んだ。よかった。
私は川上弘美はやっぱり『真鶴』が一番凄まじくて好きなんだけれど、『森へ行きましょう』は『真鶴』よりもやわらかくしなやかに強い感じだった。

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以下ネタバレあり

この本の帯に「1966年の同じ日に生まれた、パラレルワールドに生きるふたりの女性は、いたかもしれないもうひとりの「自分」」とあるように、この小説には留津とルツという二人の女性の主人公がいて、留津とルツが生まれてから老成するまでを交互に描いていく。
二人の“るつ”は生まれるときから少し条件が違う。
留津の母の雪子は母(留津の祖母)と一緒に病院に行くも、緊急手術で留津は生まれ、雪子は留津をしばらく抱けない。
一方、ルツの母の雪子がルツを生むときにはルツの祖母はもう亡くなっており、産み落とされたルツは雪子にすぐに抱かれる。
そういう微妙な差が次々にあって、二人をどんどんと違うところに運んでいく。
ある時点では、留津は成金の一人息子の俊郎と結婚して強烈な姑を持ちつつ子供を産むのに対し、ルツは独身のまま大学の研究室の技官になって教授と不倫しつつゲイの親友を持ったりする(その後にお金持ちでない状態の俊郎と結婚する)。
“るつ”たちが0歳のときから60歳のときまでのことが、その時々の人間関係と共に丁寧に描かれる。登場人物はみなどこか変わっていて、それがとてもリアル。“るつ”たちが関係する男性たちもまたみんな変で(全くモテないか、浮気してるかのほぼどちらかだし)、だからこそ“るつ”たちと唯一の関係を築いていく。

『森へ行きましょう』の『森』は人生の比喩で、“るつ”たちはその森の中の一つの道を歩いている(本文にそう出てくる。死ぬときには森から出ると言われる)。
この話は、単純には、人生は選択がちょっと違うだけでこんなに違いうる、ということなのだけれど、明示的にもう一つ意味がある。
留津は小説家になって、
「小説を書いている時、妙な言いかたなのだけれど、
 「自分は生きていないんじゃないか」
 という、不思議な感覚に、留津はおそわれることがある。」
「いくらでも、人生はとりかえることができるのだ。現実にとりかえることができなかったとしても、こうして想像の内でなら、いくらでも。(中略)実際の人生をとりかえることは、たしかにできない。だからこそ、と留津は思う。わたしは小説を読み、書く。」
と言う。
実はメインは二人の“るつ”なのだが、ときどき別の漢字の“るつ”も出てきて、そのうちの一人は自分は物語の登場人物なのではないか、と言う。
だから、この森のもう一つの意味はいまこことは別の可能性を人が想像できるということを言っているのだと思う。そうやって、いまここにないものを想像して、かつ自分の理解の枠外にあるものを違和感のまま保持すること。
「わたしは小説を読み、書く。自分の体験でははかれないような誰かの人生を、文字の中で新しく生きてみる。自分には理解のできないことが、たくさんあるだろう。理解できないまま、違和感の残ったまま、読み終わり、書き終わることも多いだろう。その違和感をずっと記憶しておこう。ある日、突然自分にもわかるかもしれない。よその誰かの人生のかけらの意味が。」
しかも、複数の“るつ”の可能性が重ね合わされたものがこの小説なので(生きていないという感覚が言うように)、それぞれに別の可能性がある、ということを言いたいだけではないと思う。
(引用は全てpp.500~502)

上の解釈自体は明示的に書かれているので(もっと色々あるのだと思うけど)、それだけだとそーかーという感想になってしまうのだが、とにかくそれぞれの“るつ”の人生が面白く、一気に読めて、確かに疑似体験できるような気分になる。

ただ、これは完全に個人的な感覚なのだけど、川上弘美はどんなに薄まっても「女性」の生々しい身体みたいなのがあるように思う。それに私は深く共感してこの話のぐっとくるのもそういうところが多いのだが、他の女性も似た感覚があるのだろうか?どの程度、私の個人的な女性像なのだろう。男性(ジェンダー的に)の場合どう感じるだろう?あんまり女性とも男性ともそういう話をしたことがないので、今度読んだことがある人がいたら話してみよう。


森へ行きましょう

森へ行きましょう

  • 作者: 川上 弘美
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2017/10/11
  • メディア: 単行本



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