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四十一日目 川上弘美『水声』 [読書記録・日記]

四十一日目は川上弘美『水声』。

----(引用)----
 ママの声が聞こえてくると、眠たくなった。犬を飼わなかったのは、ママが飼いたがらなかったからだったと、閉じてゆく意識の底で思った。足があたたかくなり、むし暑さを感じていた肌がしずまり、わけいるように眠りの中に入っていった。

 男は、よく芯の通った魚のように動いた。あれはいったい何という魚だったか。
 ーー太刀魚
 そうだ、太刀魚だ。銀色にきらめいていて、長くくねる帯のような魚。
 背の汗が光るから、そう感じたのかもしれない。あるいは、体の中心に太い針金が通っているかのような大きくゆったりとした動きのためだろうか。
 男の首にまわされていた腕はすでに解かれ、舞うように空をさまよっている。掴もうとしても掴めないものを探すかのように。
 やがて腕は、さぐりあてる。先へ先へと、のびてゆく。包む。指で、てのひらで、頰のうちがわで、舌で。二匹の太刀魚が、大と小とが、ゆるやかにからまりあっている。シーツの上に、光がこぼれる。

「パパの寝返りって、あんなに激しかったかしら」
 たまご焼きを運んでゆくと、ママは首をかしげながらつぶやいた。
 おさしみ。たまご焼き。おすまし。ナッツ。しらすおろし。青菜をゆでたもの。そんなごく単純な素材のくみあわせのものばかりを、ママは欲しがるようになっていた。
----(pp.176-177)-----

緊急事態宣言が解除されるまでやろうかなと思っていたので、今日でとりあえず一旦おしまい。
でも、最後だからといって選んだわけではなくて、「水」のものを選びたいなと少し前から思っていて、そのときに『水声』が浮かんだので。川上弘美をなんども使ってしまったけど、いまの私が好きなのだから、仕方ない。
この引用部分が結構好きで、ただ、ちょっとそういう場面なので、これがトップページにあり続けるのは多少まずいだろうか...就活しているときもあるし。『ホテル・アイリス』とかも引用できないけれど。本当は、『春琴抄』が一番危ないかな。
この物語、全てをきちんと覚えているわけではないのだけれど、時間や人間関係がたゆたうようで、また文や空気が、うっすらと青い色、水の色をしている記憶がある。血の繋がりがあるのか、ないのか、定まらない姉弟が、他の人の死(震災とサリン事件)をきっかけに、歳をとってから一緒に住む。魅力的なママは死んでいくなかで、水を欲しがったり、恐れたりしていた。パパと本当かもしれない父親。
ちなみにタイトルは「スイセイ」と読む。サ行とイだけでできていて、透き通っていて、これも薄水色の透明な感じがする。
(関係ないけど、『ホテル・アイリス』って英訳・仏訳・独訳・ポルトガル語訳・カタロニア語訳されてるのか。驚き)


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