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二十五日目 谷崎潤一郎『春琴抄』 [読書記録・日記]

二十五日目は谷崎潤一郎の『春琴抄』。引用部分がクライマックスでネタバレなので、気になる人は注意。

----(引用)----
佐助痛くはなかったかと春琴が云ったいいえ痛いことはござりませなんだ御師匠様の大難に比べましたら此れしきのことが何でござりましょうあの晩曲者が忍び入り辛き目をおさせ申したのを知らずに睡っておりましたのは返す返すも私の不調法毎夜お次の間に寝させて戴くのはこう云う時の用心でござりますのに此のような大事を惹き起こしお師匠様を苦しめて自分が無事でおりましては何としても心が済まず罰が当ってくれたらよいと存じまして何卒わたくしにも災難をお授け下さりませこうしていては申訳の道が立ちませぬ御霊様に祈願をかけ朝夕拝んでおりました効があって有難や望みが叶い今朝起きましたら此の通り両目が潰れておりました定めし神様も私の志を憐れみ願いを聞き届けて下すったのでござりましょうお師匠様お師匠様私にはお師匠様のお変りなされたお姿は見えませぬ今も見えておりますのは三十年来眼の底に沁みついたあのなつかしいお顔ばかりでござります何卒今迄通りお心置きのうお側に使って下さりませ俄盲目の悲しさには立ち居も儘ならず御用を勤めますのにもたどたどしゅうござりましょうがせめて御身の周りのお世話だけは人手を借りとうござりませぬと、春琴の顔のありかと思われる仄白い円光の射して来る方へ盲いた眼を向けるとよくも決心してくれました嬉しゅう思うぞえ、私は誰の恨みを受けて此ような目に遭うたのか知れぬがほんとうの心を打ち明けるなら今の姿を外の人には見られてもお前だけには見られとうないそれをようこそ察してくれました。
----(pp.81-82、新潮文庫)

長いけど、これが一文なのでしょうがない。しかしリズムがあって、とても美しい。
ここは本当にクライマックスの部分なので、ここだけ読んでもわからないけれど、美貌の盲目の春琴(お師匠様)は佐助を散々にいじめ抜いているような描写がここまで永遠と作品で続いており、その散々のためがあってのここになる。春琴が災難に遭って、そして佐助がそのために...という後の描写。
このシーンとこのあとの二人の関係を読むと、本当は春琴ではなくて、佐助がこの二人の関係の主導的な役割を担っていたのではと思ってしまう。春琴は休まらなかったのではないか...と思ったり。その転換ではっとさせられるのもすごいなと思う。
しかし本当に文章が美しい。無料でも読めるので、未読の人はぜひ。ただちょっと痛い描写があるので注意。


春琴抄 (新潮文庫)

春琴抄 (新潮文庫)

  • 作者: 潤一郎, 谷崎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/05/09
  • メディア: 文庫




春琴抄

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  • 作者: 谷崎 潤一郎
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2016/02/02
  • メディア: Kindle版



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